2008年5月アーカイブ

「鏡」

みなさんは、障害者用といわれるエレベーターに乗られたことがあると思いますが、中の真正面に取り付けられているカガミについて、どう感じられていますか?多くの市民の人達は、車いすを使用する人がバックするとき便利さを求め、付けてあるのだ。と、思っておられることでしょう。

しかし、その前に、少し考えて見ませんか?便利だろうと取り付けられているカガミが、知らないうちに人の心を傷つけているかも知れないことを。カガミは、写った物をそのまま映します。障害のあるなしに関わらず人は、誰でも自分の容姿に自信がなければ自分の映ったカガミなど見たいとは思わない筈です。ましてや、障害のある自分の姿など...。このようなことを言うと、周りの人は、「そんなことを言っているばかりではなく、そのような場面を乗り越えないとダメ」とか言われるのですが、これもごくあたりまえのことと否定をするものではありません。

でも、このようなことは、建前のような一言で片付けられるものでもないのではないでしょうか。乗り越えられる人がいるとしたら、あらゆる面で条件が余程整っている人であると思います。心の奥底にあるキズの素は、容易なことではぬぐえません。人は誰しも弱い部分を持っているもの、それでこそ人、そういう人の心を感じ、人の気持ちを思いやれるのも、また、人ではないでしょうか。

ところで、センターのエレベーターのカガミは、どうなっているか、ご存知ですか?

全国障害者シンクロナイズドスイミングフェスティバル

一週間おくれのゴールデンウィーク。利用者の皆さんにはご不自由をおかけしましたが、おかげで五日間しっかりとリフレッシュさせていただきました。ありがとうございました。

先週11日、毎年恒例となった「全国障害者シンクロナイズドスイミングフェスティバル」が、センターのプールで開催され、北は宮城県から南は長崎県の20チーム306名がエントリーし、素晴らしい演技を披露されました。

今年で17回目を迎えましたが、年を追うごとに着実に広がりを見せて来ています。

シンクロは、「水との調和」「音との調和」「共演者との調和」など、様々なことを要求される困難を伴う種目であることは、皆さんご承知のことですが、では、なぜ、障害のある人々の間に広がりを見せているのでしょうか?

時間を掛けて練習をし、本番に挑み、終えたという、一般的な充実感や達成感もさることながら、障害のない人々には無いものがあります。それは、いくつかありますが、大きな要素はふたつ。一つは、陸上での単独移動が困難な人であっても、水上では単独で自由に動き回れるということ。二つには、社会の中で自らを表現する場さえ無い人も、自分の意思で演技を組み立て、自由に表現することができ、人々からも好評価を得られるということです。この二点によって生じる障害のある人々の社会参加に与える影響は、決して侮れないものと考えます。

初めての経験。

先日、京都市障害者スポーツセンターの歓送迎会が、京都駅近辺の某ホテルで宴された時のお話。宴たけなわで自然現象が生じても、と思い、事前にワシントンクラブ(WC)へ、立ち寄って、立ち上がろうと手すりを持って引っ張った途端,思いもよらんまさかのことが起こった。頼りの手すりが途中からズボっと、抜けて、コケかけたが、何とか持ちこたえはしたが、「エー、ありえなーい」である。あってはならないことであることは言うまでも無い。いま流行のクレーマーにはなりたくなかったが、職務上、安全に利用してもらうという同じ立場にあるものとして、当然、係りの人に、そのことを言わしてもらった。その後、1時間ほどして、手すりの不安があったものの自然現象には勝てず、再び、ワシントンクラブへ。恐る恐る手すりに手をかける。なんとなんと、ビクともしない。完璧に修繕されていたのである、いままで似通った経験は幾度もしているが、ホテルといえどもこんな素早い対応は、初めて経験した。当たり前といえば当たり前のことなのだが、大いに評価したい。わたしたちも、こうあるべきと改めて痛感した。