2008年7月アーカイブ

『弱点をかばいあえる社会に・・・』

こんなブログでも見ていただいている方、すみません。今回のテーマで、書こうか書くまいか迷い、今回のブログ、3日も遅れてしまいました。

最近、簡単に他人を傷つける事件が目立ちます。

いざ捕まると一様に『誰でもよかった』と言っているそうですが、こういった事案が今年に入って既に7件、一ヶ月に1件のペースで起きています。

自分の不満を、本来ぶちまけるべき相手にぶちまけずに、縁もゆかりもない他人に向ける。

私たちは、ああすればああなり、こうすればこうなると、思慮を働かせ、一定のルールの基に日頃生活をしていますが、残念なことに最低限のルールから逸脱してしまう人の多いことに驚きを禁じえません。

人間は、他人より優位に立ちたがる性があるといえばあります。

いじめなども、こういった性がある所以ではないでしょうか?

社会の中で、弱い立場になった時に自分が味わった痛みを糧に、本当なら、自分より弱い立場の人を擁護すべきなのに、逆にいじめ、優越感を持ち、自己満足をし、悪いことという観念を見失い、それを繰り返します。とりわけ、私が残念に思うことは、障害のある人々の中にも見られるということです。

お互いの弱点をかばいあえる社会であって欲しいものです。そして、このセンターも。

『もったいない』

ここ最近の新聞等の記事に、新幹線や在来線への飛び込み事故が、私が気がついただけでも数件掲載されていました。言うまでもなく自殺でした。

平成19年のわが国の自殺者数は、3万人を超えて、これは交通事故による死亡者数の3倍であることが報告されています。つまり、自分の意思によって亡くなった方が、交通事故によって自分の意思に関係なく、余儀なく命を無くした方の3倍もおられるということです。

失えば取り返しのつかない命を、自らの手で絶つことは、ケニア出身で環境分野の活動家としてノーベル平和賞を受賞されたワンガリ・マータイ氏の言葉を借りれば、『もったいない!』ということになります。

障害のある私たちから見れば、身体になんの不自由も持っていない障害のない人々が、簡単に命を捨てることは、本当に『もったいない!』と思うのです。

確かに、社会の中や家族の中で生きていく中で、言うに言えない困難や苦痛を伴い、時には逃げ出したくなる気持ちは判ります。しかし、これらを避けて通れないのが人生です。

このような問題で自らの命を絶たなければならいとしたら、私はこれまでに何回も死ななければならなかったでしょうか?小学校の頃は、障害のみてくれから、"フラフラ"とか"コンニャク"といじめられましたし、働くようになってからも、仕事中の事故で車いす生活になって復職を願い出て、『何もできないから...』とはねつけられ、悩み、気がついたら赤信号の交差点に突っ込んでいたというような精神状態に落ちいっていた時もありましたが、でも、私は、今、生きています。

ここ、京都市障害者スポーツセンターでも、障害のある人々は身体の不自由さがあるが故の様々の悩みや苦痛を抱かえながら、日々、身体を動かすことに努力し、精一杯生き抜いておられます。

せっかく親から与えられた命、大切にして人生を強く生きて欲しいものです。

最後に、私に、一言言わせてもらえるなら、「死ぬなら、自由に動けるその身体、私にください!」

祇園まつり

先週のブログで、7月といえば、京都では恒例の祇園まつりで、孟宗山が、山1番くじを引いたと書きましたが、今日も、少し祇園まつりのことについて触れてみたいと思います。

祇園まつりは、7月中一カ月間の祭りであるということはよくご存知の人は多いのですが、かつては、先の祭りと後の祭りに分かれていて、現在のように全部の山鉾が揃い踏みをして巡行していなかったことや、巡航のコースもまた違っていたことまでご存知の人は少ないと思います。

巡航のコースについていうと、現在の四条通り→河原町通り→御池通りを通って、自らの鉾町へ戻っていくパターンと違い、四条通りから寺町通りを南下して松原通りを西に曲がって鉾町へ戻っていっていました。子供のころのことですが、かすかに記憶に残っています。残っていると言えば、松原通りが寺町通りから西へ数十メートル幅が広いのも、狭いところでの辻回しを容易にしたその名残であると思います。また、現在はありませんが、寺町松原の北西角の家の屋根が鉾巡行時に外せるように工夫されていました。

昔のコースの方が、通りの両側の民家の2階の人に厄除けのチマキを直に手渡すなど、鉾町以外の町衆にも手の届く祭りであったように思います。現在のように全国の人に観てもらうことも良いのですが、なんか考えてしまいます。

京都市障害者スポーツセンターは、いつまでも利用者の皆さんの手の届くところにありたいと思ってます。

♪笹の葉さらさら

早いもので、もう7月。

今年も半分過ぎてしまいました。

7月といえば、京都では恒例の祇園まつり。

くじ取り式も終わり、孟宗山が、山1番くじを引いたそうです。

ところで、センター7月の恒例と言えば、七夕飾り。

今年も笹がロビーに置かれた途端、待っていたかのように願いごとを書いた短冊が笹に付けられました。

どんなことが書かれているのかと、覘いて見ると、

例年なら、自分の病気や障害がよくなることへの願いが多く観られたのですが、今年の特徴は、お兄さんや先生の病気の回復を願う短冊や、世相を反映してか平和や安全(食?)など、他人への思いやりを込めた短冊が多いことです。

色々な願いがある中、最も、印象に残ったのは、「何時も感謝と笑顔でいられますように!」という短冊でした。常日頃、忘れているこの言葉、改めて心に留めておきたいものですね。

あなたもセンターに来て、願いごとの短冊を付けてみませんか?

願い事が叶うかも?