2008年9月アーカイブ

障害のある人々のアスリートスポーツ

21日、第10回京都障害者ボッチャ大会が当センターで行われ、熱戦がくりひろげられました。

先日まで行われていました北京パラリンピックのボッチャ競技に、日本から初めて出場した4人の選手の内の1人で、5位入賞を果たした内田恵三選手も帰国直後にも関わらず参加され、見事なテクニックを見せてくれました。

皆さんには、ボッチャ競技でパラリンピックに日本から始めて出場したというのは、「何で今まで出てなかったの?」という疑問があると思いますが、これは、一言で言うと日本の選手が、パラリンピックの出場権を得るための世界ランキングに入ってなかったからなのです。

世界ランキングを得るためには、ヨーロッパなどで行われるいくつかの選手権試合等に出場して入賞し、ポイントを得なければならないのです。

重い障害のある脳性マヒや筋ジストロフィーの人が世界を転戦するのは、身体的にも、経済的にも、大きな困難と負担を伴います。特に費用面では、パラリンピック本大会の費用以外はすべて選手の個人持ちが現状の中、介助者が必要な重い障害のある選手にかかる負担は大変なものなのです。

わが国の障害のある人々のアスリートスポーツは、年々多くの人々の視野に入るようになってきました。今後、国の障害のある人々のためのスポーツ施策に、大いに期待を寄せるものです。

『失ったものを数えるな、残されたものを最大限に生かせ!』

北京パラリンピック関連のテレビ放送で、陸上競技走り幅跳びの佐藤真海(まみ)選手(障害:右下腿切断)のことを取り上げて放映していたので見ていて、フッと感じたことがあります。

最近の片下腿切断のジャンパーは義足を付けた側の足で踏み切りをする選手が主流なのだそうです。

ここで南アフリカの陸上男子短距離のオスカー・ピストリウス選手のときのように義足の功罪をとやかく言うつもりはありませんが、英国のストーク・マンデビル病院で、第2次大戦後いち早く障害のある人のスポーツによるリハビリテーションに着目し、治療にスポーツを取り入れ「障害者スポーツの父」といわれたルードイッヒグットマン博士の有名な言葉『失ったものを数えるな、残されたものを最大限に生かせ!』を思いおこしたとき、失ったものとは切断した足であり、残されたものとは健側の足、そうすると義足は新しい足(能力)?

佐藤真海選手は、どちらで踏み切ろうかと迷いながらも、本番では健側の足を使って踏み切り、ジャンプし5位入賞を果たしました。これこそグットマン博士の言う、残されたものを最大限に生かした結果といえるのではないでしょうか。

いよいよ北京パラリンピック

いよいよ明後日96日から北京パラリンピックが始まります。

私たちの京都からは、陸上競技1名、水泳競技2名、シッティングバレーボ?ル競技2名の計5名の選手と、監督、コーチとして5名が選ばれ、北京へ行っています。

私たちも、北京へ行って直に応援が出来ればいいのですが、そういう訳にはいきません。さりとて、オリンピックのように期間中TVなどで、ライブや録画で1日中放映してくれる訳ではありませんので、自分の見られる時間帯が合う訳でもありません。

今年のパラリンピックは、NHK総合で毎晩10時からその日の結果などを放映してくれるそうです。そういう状況も相まって民放でも採り上げてくれるようなので、今から心待ちにしています。

これだけでも日本のTVなどメディアの取り上げ方が、変わったと言えます。

アトランタパラリンピックの時には、NHK総合でさえ、ほとんど取り上げることはありませんでした。そのような中、某民放の番組中パラリンピックの一部を取り上げている中で、番組のメインキャスターからパラリンピックをニュースにぐらいしか取り上げないNHKの姿勢に対して痛烈な批判をされたことがありました。それがきっかけになったかどうかは知りませんが、次のシドニーの時には、夜中ではありましたが、大会を放映されるようになったのでした。

それが、段々と皆さんにも見てもらえるような時間帯に放映されるようになってきたことは、障害のある人々のスポーツに関わるものとして、それはそれとして喜ばしいことなのですが、まだまだ、オリンピックと比較すると別扱いに感じます。

パラリンピックという言葉の意味合いは、もう一つのオリンピックという意味を持つ造語なのですが、本当の意味で"同等"に扱われる日が来るのは、何時のことでしょうか。