2009年3月アーカイブ

一生懸命に生きる姿!!

休館日。

朝ゆっくりと、ふとんの中から眠気眼でみていた「朝ズバ!」の話。

何処の何という水族館で、何という魚であったかは、記憶にないのですが、ある水槽の中で一匹だけ変わった泳ぎ方をする魚がいるということが噂になり、そのうわさが広まって、今や人気者になっているそうです。

変わった泳ぎ方をするというのは、水中にいるある種のバクテリアかウイルスに侵されて尾びれがなくなってしまい、胸びれやからだ全体など残存機能をフルに使って泳いでいる姿だったのです。

こういった場合、自然界はもちろんですが、飼育されている場合にでも、生存することは困難であるといわれています。しかし、今回のケースは餌を食べることも無理をせずに、仲間の食べこぼしやプランクトンが落ちてくるのを水槽の下で待ち受けていて上手に啄ばんでいることから、生き延びることができているのだそうです。

残された機能を精一杯使い、自分の可能な範囲で生き抜く姿は、人びとの感銘を呼ぶものですが、私たち人間はどうでしょうか。話ができるばっかりに、困難な環境に置かれると、直に不平を口に出してしまい、自分が可能な努力さえ怠ってしまいがちになります。

話題の主は魚!! 話すことができないとはいえ、一生懸命生きる姿は大いにを見習うべきところがあると思います。

人に「優しい」とは、いったい?

毎回、どんな話題が良いか考えている間に日にちが経ってしまい、いつも遅れぎみになっています。

今回は、最近の新聞の投書欄とテレビのニュースからの話題を提供します。

現在の障害のある人々や社会的弱者といわれる人々を取り巻く環境は、先駆者たちの社会活動の成果のおかげで、昔に比べてずいぶん改善されて来て、街に出ることも比較的に容易になってきました。

近頃では、人に優しいなどというキヤッチフレーズをうたい文句にした建築物や施設が増え、福祉のまちづくりへの取り組みと重要性を誰もが理解し、進められているかのように見えます。けれども、私には、時代の流れの上だけで進められて来ているかのように思えてならないのです。

何か違うと思いませんか。本当に「人に優しい建物や施設」なのでしょうか。例えば、新聞の投書欄に書かれていた「昇りだけのエスカレーター」は、障害のない人的な発想で、降りる時は楽だからというもので、下肢に障害のある人やお年寄りにとって、どれほど負担があるものなのかが理解されていない結果だと思えます。テレビのニュースで報道されていたテーマパークで、普通なら介助者の要らない聴覚に障害のある人の利用に介助者をつけることを条件にして、その理由は「緊急時に連絡が取れないから」という施設本位のものなのです。このような条件は、障害のある人の人格を無視した行為ではないのでしょうか。

「人に優しい」とは、いったい、何を根拠に言っているのでしょう。

建物や施設が、誰もが何処からでも容易にアプローチできる環境になってこそ、はじめて、「人に優しい」と言えるのだといえます。